学校法人尚志学園 尚志高等学校〒963-0201 郡山市大槻町字坦ノ腰2番地TEL: 024-951-3500  FAX : 024-962-0208

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尚志高校からのお知らせ

2019年度の記事一覧

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明日より入学願書受付

1月9日から令和2年度の入学願書受付が開始されます。


2020.01.08_application_acceptance.JPG


We will start accepting applications for next year's students from tomorrow.

2020.1. 8 更新

保健だより 冬号

保健だより冬号を紹介します。


保健だより 冬号 >>


We introduce Health Care News issued on December 6.

The season for influenza, infectious gastroenteritis and cold is finally coming. To prevent infection, you should wash your hands and gargle frequently, wear a mask and underwear to keep your body moist and warm, eat a balanced diet, sleep and rest. Vaccination is also effective to prevent the disease from getting worse.

Well, this year's Winter Solstice is December 22. It is the day with the shortest sunshine and the longest night in a year.

If you eat food with "n(ん)" on this winter solstice, you will be lucky. You should eat lotus root, radish, carrot, pumpkin, etc. There is also a legend that if you take a Japanese citron bath on the winter solstice, "I do not catch cold all the year round." The ingredients in the juice of Japanese citron warm your body and the aroma relaxes your nerves.

Eat foods with "n(ん)" on the winter solstice, soak in yuzu(ゆず) bath and have a healthy year next year!

2020.1. 7 更新

世界最初の女子工業高校(体当たり教育)

尚志学園の創立者である佐藤信先生の著書「体当たり教育」(1970年発刊)からの一節を紹介します。

 アイディアは運命を拓き気力は人生を変える
世界最初の女子工業高校


 昭和三十六年十二月、古校舎を改造したものではあったが、木造二階建百三十坪の予備校校舎が完成した。

 この機会に、学校の経営形態を個人経営から、将来の飛躍を期待して学校法人組織へと思いたち、学校法人尚志学園と名づけた。

「尚志」、すなわち、「志をとうとぶ」という言葉の語源は、孟子尽心章句下、「何をか志をたかしとすると謂う」、いわく、「仁義のみ」とあるところから引用したものであるが、実は、私の学んだ旧制二高の校友会が、「尚志会」といい、「世の常の栄かあらず、名かあらず黄金かあらず、我が党のとうとぶ所、何かそもたゞ志」という会歌にこめられた精神をうけつぎたいと念願したからである。

 昭和三十四年十一月、予備校を開設してから、はやくも四年の歳月が流れた。大学受験、高校受験に明け暮れている生徒たちを相手に、受験本位の教育をつづけることもあながち無益なことではないが、わずか一年間の教育のなかには人間形成の貴重な時間は望むべくもない。

 戦後の自信を喪失した教師と親のもとからは真に期待しうる人間像はとうてい生まれてくるはずがない。こんにちの大部分の高等学校は、その本来の目的とは裏腹に、本質的に予備校と何ら変わるところがないではないか。真の青年教育の姿は、どうあるべきなのか。現今教育にたいする、さまざまな疑問が雲のごとくに、私の脳裏に広がっていった。もっと徹底した、時代の求める教育に身を投げ入れたい。この熱意が、しだいに私の胸に高まってきた。

 たまたま、ある日、ひとりの中年婦人が私のところに身上相談に訪れた。きいてみると、彼女は二、三年前に夫を失い働こうと思ったが、どうも適当な仕事がなくて困っているという。

 なるほど女子高等学校を出ていても、中年の婦人がいざ働くとなるとその職場は、家政婦・女中・酌婦・パートタイムの店員などの単純労働以外にはない。商業系統の女子高校を除いては従来の女子高等学校には、職業教育らしいものはほとんどなく、教養を中心とした花嫁教育に終始しているといっても過言ではない。現在の女子大学にしても、その多くが文科系や家政系などの教育が中心であって、毎年高等学校を卒業する女子の約三〇%近くが大学教育をうけるという時代の進展にもかかわらず、これら卒業生の社会的な使い道といえば、教員ぐらいしかないというのが実情である。この技術革新の時代に大きく取り残されているのは、女子教育であり、今日では、人口のやく一割に近い婦人が職業についているのに、技術をもたぬ悲しさ、その経済的地位は極めて低いのである。

 当時は、未だ今日のように電子産業が勃興しておらず、日本の経済もやっと戦後の低迷期を抜け出し始めた頃であったが、そんなある日、私は川崎市の小向町にある東芝の工場を訪れる機会を得た。トランジスタラジオ、テレビなどの組立工場に一歩足を踏みいれて驚いたのは、若い女性の多いことである。日本の電化製品は、その八〇%以上を、若い女性の労働力に依存しているといっても過言ではなかろう。ほとんど工場内全部といってよいぐらいの女子工員の間に男子が若干介在しているので、
「あの人々はなんですか」
と問うと、指導にあたる組長・班長たちだという。
「組長・班長も女性をあてたらどうですか」
ときいてみると、
「そうできたらまことに結構だが、まだ日本には女性の幹部技術者を養成する学校がない」
という。女性幹部技術者の養成、そうだ、これが時代のもっとももとめている女子教育の課題だ。電光のごとく私に女子工業高等学校というアイディアがひらめいた。

 しかし、こんな学校はだれでも気がつきそうなものだし、どこかにありそうなものだ。と考えて、さっそく文部省に問い合わせてみたが、男子工業高等学校にわずかに女子が入っているところはあるが、女子だけの工業高等学校というのはないという。それでは、世界各国にその例はないかといろいろ資料をあさってみたが、先進国のアメリカにも、ソ連にも工業系統の学校に女性が多数入っている例はあるが、女子だけというのはないようである。もし私が女子工業高等学校を始めたとしたら、ひょっとすると、日本で最初であるばかりでなく、世界ではじめての学校になるかもしれない。私は開拓者としての使命に全身がふるえるような感動を覚えた。

 だが、男子工業高等学校とまったく同じ教育内容や教育方法による学校を作って女子だけを収容し、技術教育を施してみたところで意味はない。もともと、男女それぞれの適性はことなっているはずであり、それゆえ、女性の特色を最大限にいかすとともに生涯の財産として身につけられるような技術の分野ははたしてなにかを究明する必要があった。そこでまず国内の工業高等学校で、女子が入学している学科を調査してみると、工業化学科がもっとも多く、建築科がこれについでいる。すなわち分析、試験関係の分野には女性が適合することは明らかであるが、建築製図または建築デザインといった方面が案外向くかもしれない。私は諸外国において女性が進出している工業分野と、現に日本の産業界で女性の進出いちじるしい分野をピックアップし、これを整理統合して、つぎのような学科をもった女子工業高等学校の設立を構想した。

① 製図デザイン科
  機械や建築などの設計および製図・商工業デザイン分野の技術教育
② 電子技術科
  電子計算機・電子機器などに関する技術教育
③ 工業化学科
  染色・繊維・化粧品・衛生試験など試験研究技術の教育

 この基本的構想の適否を世論にとう意味で、昭和三十八年四月、この計画を日本経済新聞、および毎日新聞に送ってみた。ところが日本経済新聞は社会面のトップに四段ぬきで、
「わが国最初の女子工業高等学校誕生か」
というみだしで大々的にこの内容を紹介し、ついでに文部省職業教育課長の意見をつけ加えて論評し、また毎日新聞も第二社会面のトップで、
「女子教育に新しい局面をひらくもの」
として賛意を表明した。

 そこで、私は現職の中学校長たちの意見を聞いてみたいと思い、東京、栃木、茨城、神奈川、福島、宮城の六都県から、やく千五百校をピックアップし、
「このような女子工業高等学校を必要と思うか。学科の編成は妥当であろうか」
など八項目にわたるアンケートを発送し、やく九百校からの回答をうけとることができた。そのけっかは、女子だけの工業高等学校は時期尚早という返事が約3%あっただけで、大多数から
「まことに技術革新の時代にふさわしい新教育として賛成」
という圧倒的支持があり、なかには、
「時代の推移を洞察された画期的構想であり、実現の一日も早からんことを祈る」
という熱烈な激励も多くふくまれていた。

 これに勇気づけられた私は、この女子工業高等学校の実現に私の生涯の運命をかけることを決意したのである。


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Here is a passage from the book written by Makoto Sato in 1970, the founder of Shoshi Gakuen, Shoshi Institute.

Foundation of School
The First Girls' Technical High School in the World


     In December of 1961, the rebuilding of the old elementary school for our preparatory school was completed.  The new school had two-stories and was about 430 square meters.  As this was a new start, I decided to incorporate our school and named it "Sho-shi" (尚志 in Chinese character).  Sho "尚"means "respect" and shi "志" means "will."  I chose this name for the alumni of my high school.  

     It had been four years since I began my preparatory school.  It was very rewarding to teach the young how to study for entrance examinations to high school or college, but we could not teach students how to live or help form their individual character within a year.   I had been wanting to teach something special, which their parents or usual teachers could not teach them.  I wanted to devote myself to bringing up the young in a way appropriate for the times.  I needed to think what kind of education or knowledge was needed at the time.

     One day I had a chance to talk with a middle-aged woman.  She complained that she could not get a good job.  Her husband had died two years ago, so she was trying to find a new job.  At that time it was difficult for middle-aged women to get a new job even if she had graduated from high school.  This was because most girls' high schools or women's colleges placed a focus on learning how to be a good wife or becoming a teacher.  The times were seeing economic and technical growth, but there were very few women who had learned the skills necessary to find work.  While talking with this woman, I realized there was need for female technical experts.

     Sometime later I happened to visit a Toshiba assembly plant in Kawasaki.  When I entered the plant, I was surprised to see so many young women working there.  There were few male workers as well.  "Who are those men?" I asked the owner.  "They are group leaders," he replied.  "Why are they all men?  Are there any female group leaders?"  The owner answered, "Well, it would be nice if we could hire some but unfortunately, there are no schools training women with the necessary skills."  "This is what I must do."  It occurred to me that this is what the times called for.  How about establishing a school which trains such female workers?

     Soon I called the Ministry of Education.  According to them, there were no girls' technical high schools in Japan, since there weren't so many girls interested in such an education at that time.  Next, I wanted to know whether there was a girls' technical high school anywhere in the world.  I could not even find any examples in the U.S. and the Soviet Union.  Therefore, if I founded a technical high school for women, it would be the first girls' technical school in the world.  This was surely what I should do!  I should be the pioneer.

     As the foundation technical school for women, I had to determine what young girls should learn at school.  It was not meaningful if girls learned the same things as men.  The focus should be on what girls are better at.  I needed to know what girls should learn at school to be good leaders with special expertise.  
Based on the data I got from other technical high schools in Japan, I found that departments of industry and architecture were the most popular among girls.  I also tried to figure out which area of industry was suitable for women to be leaders.  Then I thought of making the following three departments:

Department of Drafting Design
Department of Electronic Technology
Department of Industrial Chemistry

Since I was not sure my idea would work out, I asked two newspaper companies to cover the story to found my school.  I did not realize they would do it, but the two companies played up my story. The headline read, "The First Girls School for Learning Technique." The paper said that my school would be very promising for the future of the country.  
 
    Then I wrote letters to the principals of high schools in Japan to ask what they thought of my plan.   I was able to get answer from 900 high schools throughout Japan.  Very few of them, no more than 3 percent of them, disagreed with what I wanted to do, and most of them gave me a lot of encouragement.  They sent such nice messages.   "It would be a new step for girls."  "I look forward to the foundation of your school.  Girls are waiting!" Thanks to their messages, I made up my mind.  I decided to devote myself to the foundation of this school, the first technical high school for girls in the world.




2020.1. 6 更新

七番訓⑤より(体当たり教育)

尚志学園の創立者である佐藤信先生の著書「体当たり教育」(1970年発刊)からの一節を紹介します。

世の中で一番尊い事は人のために奉仕して決して恩に着せない事である。


 英語に「ギブ・アンド・テイク」、すなわち「与えて取る」という言葉があるが、欧米流の考えかたのなかには、日本古来のいわゆる奉仕という考えかたは少ないように思われる。この福沢先生のおしえは、徹底した「ギブ・アンド・ギブ」(あたえるだけでとる気持がない)ということである。

 たとえば、私が東南アジアをまわってみて、日本の各国にたいする経済援助の実情を視察してみると、これらの後進国の発展を助けていこうという気持はじゅうぶんうかがえるが、反対給付を求める下心がときどきでてくる。ましてや、民間企業のこれらの国々への進出は、あたえるものの二倍も三倍もとりかえしてやろうという、むきだしの野心がいたるところにみえる。日本人が「エコノミックアニマル」(経済的人間、いいかえれば我利我利亡者)と評されている理由がよくわかるような気がする。東南アジアは、日本の経済的援助を望んではいるが、精神的にはほとんど得るものはないと考えているようである。

 人のためにつくすということは、なかなか勇気のいることであるが、なんらのむくいも求めないということはさらにむずかしい。だから、この心境になれたら、それは神に近い尊いものをつかんだことになる。たとえば、慈善事業に寄附するような場合にも、心のどこかには、
「感心なひとだと、多くのひとびとから尊敬されるだろう」とか、
「自分の代には返ってこなくても、子の代にはなにかのむくいがあるだろう」
というような期待がどこかにひそんでいるものである。こうした、おかえし、むくいを期待する心があるから、奉仕してもなんらかの反応があらわれないと不満がおこるし、
「これだけしてやったのに、お礼ひとつよこさぬ」
といったいきどおりがうまれてくる。奉仕は社会や他人につくすことが、すなわち自分を幸せにするものであるという確信をまず持ってはじめるべきである。ただし、奉仕したことは忘れてよいが、社会からうけた恩、人から受けた恩はぜったいに忘れるべきでない。他人から受けた恩はそのとき、ただちに返せなくても、いつの日かなんらかの形で返すべきである。私は過去において、多くのひとびとのご厚意と協力をいただいた。これを一人ひとりには、とても返せそうにない。だから、私はそのおかえしを、私の預かっている生徒たちに、またこの社会になんらかのかたちでおかえししたいとねがっている。


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Here is a passage from the book written by Makoto Sato in 1970, the founder of Shoshi Gakuen, Shoshi Institute.

The most precious thing in life is to do something for others without any reward


     Western people have a saying, "Give and Take."  As this phrase indicates, I do not think they have the same notion of 奉仕(houshi; servicing others) as Asian people.  What Professor Fukazawa wanted to tell us with this lesson is "Give and Give."  That is, do something for others without taking anything from them.

     I once visited some Eastern Asia's countries and saw how Japanese companies' financial help worked.  My impression was that Japanese companies are giving great financial aid to those countries, but they are seeking some reward on the other hand.  In particular, Japanese companies getting into Asian countries seem to only focus on ways to benefit.  This is why the Japanese are called "Economic Animals" who are only hunting for benefits.  The countries in Eastern Asia may feel grateful for Japan's financial help, but they would not get any kindness from the Japanese companies.

     Helping others is not so easy, but doing so without seeking a reward is much more difficult.  If you can do something for others without any reward, your kindness will be like that of Christ.  Everyone wants to be rewarded unconsciously.  If you donate money, for example, you may unconsciously expect something; "people will look up to me" or "In the future we will have get some sort of benefit."  More than that, you may even get angry if there is no reward for what you did.  

     Helping others should be based on the idea that doing something for others is the way to make ourselves happy.  You should forget what you did for others, but you never forget what other people did for you.  We should show our gratitude to other people's kindness in.  As I described above, I owe so much too so many people.  Maybe I cannot repay the kindness of all those people.  So instead of showing my gratitude for each person I owed so much, I hope to give something to my students or society.


2020.1. 5 更新

1月6日〜1月12日の日程

【朝学】

なし

6(月)

 (SBは休日用運行経路) 

7(火)

 (SBは休日用運行経路) 

8(水)

 (SBは休日用運行経路)

9(木)

入学願書受付
 (SBは休日用運行経路)

10(金)

入学願書受付(午前)
 (SBは休日用運行経路)

11(土)

・センター試験受験者対象学校開放①
 (SBは休日用運行経路)

12(日)

センター試験受験者対象学校開放②


・1月9日(木)〜1月10日(金)...入学願書受付(尚志会館)                   
 ※正面玄関前の来客用駐車場使用禁止                   


【スクールバス略記号】
■登校用(月~金曜日)
①系統 本宮・日和田・富久山・うねめ通り方面
②系統 喜久田・富田・八山田方面
③系統 さくら通り、郡山駅経由、うねめ通り方面
④系統 学校発、静御前通り方面
⑤系統 緑ヶ丘・安積永盛方面
⑥系統 泉崎・矢吹・鏡石・須賀川方面

■登校用(第1・3・5土曜日の授業日)・長期休業中(登校指定日)
①系統 本宮・日和田・富久山・うねめ通り方面
②系統 喜久田・富田・八山田方面
⑥系統 泉崎・矢吹・鏡石・須賀川方面
A系統 緑ヶ丘始発、郡山駅発、文化通り方面

■登校用(第2・4土曜日、日曜日、祝日、長期休業中の休業日)
⑥系統 泉崎・矢吹・鏡石・須賀川方面
B系統 本宮・日和田・富久山・郡山駅・うねめ通り方面

■下校用 平日【月~金曜日】
●15:40発...月・水・金曜日 ※課外授業実施日は16:35発に変更
①系統「本宮」方面:学校 → (うねめ通り) → 日和田・ 富久山 → 本宮
②系統「喜久田」方面:学校 → 富田 → 喜久田
変形③系統「郡山駅」方面:学校 → (文化通り) → 郡山駅
変形⑤系統「緑ヶ丘」方面:学校 → (南インター線) → 安積永盛駅 → (4号線) → 郡山駅 → 緑ヶ丘
⑥系統「泉崎・矢吹・鏡石・須賀川」方面:学校 → 須賀川市内 → 鏡石駅 → 矢吹 → 泉崎

●16:00発...月・水・金曜日 ※課外授業実施日は16:35発に変更
変形④系統「郡山駅」方面:学校 → (文化通り) → 郡山駅

●16:15発...火・木曜日
①系統「本宮」方面
②系統「喜久田」方面
変形③・④系統「郡山駅」方面
変形⑤系統「緑ヶ丘」方面
⑥系統「泉崎・矢吹・鏡石・須賀川」方面

18:45発 月~金曜日(郡山駅下車の人数が多い場合は1系統で対応)
①系統「本宮」方面
②系統「喜久田」方面
変形⑤・⑥系統

●土曜授業日【第1・3・5土曜日】
13:00発
①系統「本宮」方面
②系統「喜久田」方面
A系統「緑ヶ丘」方面
⑥系統「泉崎・矢吹・鏡石・須賀川」方面

●17:00発
①系統「本宮」方面
②系統「喜久田」方面
A系統「緑ヶ丘」方面
⑥系統「泉崎・矢吹・鏡石・須賀川」方面

●休業日【第2・4土曜日・日曜日・祝日】
15:00発
B系統「郡山駅・本宮」
⑥系統「泉崎・矢吹・鏡石・須賀川」方面

2020.1. 4 更新

部活動情報(サッカー部)

多くの応援ありがとうございました。


サッカー部のページへ >>


Thank you for your support.

2020.1. 3 更新

第98回全国高校サッカー選手権大会 2回戦

■キックオフ:1月2日(木)  14:10

■対戦校:徳島市立高校(徳島県)

■会場:駒沢陸上競技場

日本テレビ >>


全国大会スケジュール >>



2nd Round of the 98 Japan High School Soccer Championship


*Kickoff: Thursday, January 2 14: 10
*Opposing School: Tokushima Municipal High School (Tokushima Prefecture)
*Venue: Komazawa Athletic Stadium

2020.1. 2 更新

謹賀新年


2020.01.01_new_year_card.jpg

2020.1. 1 更新

寮の献立

1月第2週の寮の献立です。

寮の献立のページへ >>



Here is the menu of the dormitory in the 1st week of January.

2019.12.31 更新

部活動情報(女子サッカー部)

尚志高校女子サッカーフェステバル2019の大会結果です。

Here is the result of the 2019 Shoshi High School women's football festival.



女子サッカー部のページへ >>


2019.12.30 更新